トイレ  作:高杉伸二郎

幼少の頃は、胃が弱く、よく腹をこわしたものだが、成人になってからは、滅多に下痢をしたことはない。しかし消化不良を起こさなくても、ごく稀に公衆トイレの“大”に駆け込む必要が生じることがある。昔は駅、ドライブインなど掃除も行き届かず、和式であり、かなり汚れていたので、余程のことがない限り目的地の自宅やホテルまで我慢した。
 
上野駅トイレの“大”のお世話になった経験がある。数人列をなして並んでいる。皆青白い我慢の顔つきだ。やっと用をたして周囲をみると落書きだらけである。くだらない幼稚な、下品なものばかりである。見る気もしない。 
 ふと前の下の方に目がとまった。きれいな太い文字で『右を見ろ→』とある。何気なしに右をみた。今度は『上を見ろ↑』である。上に目をやると『何をキョロキョロしているんだ!』と書いてあった。思わず笑ってしまった。落書きは悪いことだが、これはユ−モアがある。
 
女子高校教員をやっていたことのある兄の話である。修学旅行の引率をしていて、出発前に急に便を催し、駅ホ−ムのトイレに駆け込んだ。“大”の方である。用を済まして立ち上がったら、顔のところに窓が開いていた。停まっている列車から女子生徒達がこちらを眺めているではないか。
「見てご覧、あのトイレの窓を。あれ先生よ!」
「あら、ウフフフフ・・・。高杉先生よ。今ズボンをあげているところなんだわよ」
 こんなことを言われているかと想像すると恥ずかしさで一杯だった。顔を赤らめながら生徒のいる列車に乗り込んだ。
 生理現象である。何も恥ずかしがることはない筈だが、誰もが少し恥ずかしがるのはなぜだろう。家で準備万端用を足してくるのを怠ったとみられるからか。
 ついでながら駅トイレなどはトイレットペ−パ−の品切れが多かった。事前準備を怠ると大変な目に遭うから要注意。この場合の対策は想像に任せよう。
 
オランダ人は背が高い。他の国よりも男性の小便器の受け皿の位置がやたらと高い。160数cmの短足部類に属する高杉は、辛うじて用を足せるが、ズボンを汚さないように気を遣って背伸びしなければならない。もう少し背の低い人は、背伸びして長小便の人は苦労するだろう。男性自身がトイレの受け皿に届かないかもしれない。周りには子供用は見あたらないから子供はどうするのかな?
 ベルギ−で開かれる国際会議出席のためオランダからブリュッセルに入った。道路続きのベルギ−に入った途端、オランダ人より背の低いベルギ−人に変わった。〈ここなら、オランダみたいにトイレは高くはないだろう〉
 そう思ったら急に小用を足したくなった。〈昼食の時間だからこのレストランで食事をしよう〉席を決め、荷物を置いて辺りを見回すと右手奥にトイレらしき標識のドアが見える。
早速、足早にちらっと『M』のマ−クを確認して、そのドアを開け飛び込んだ。
「キャ−!ヒャ−!」
 凄い女性の叫び声が店内に鳴り響いた。
〈しまった、女性トイレか〉みると左手に洗面所が並んでいて、奥に女性トイレがあり、男性便器はない。キャ−キャ−と叫んでいるのは、洗面所で手を洗っていたり、髪を整えていた数人の若い女性達である。日本ではこんなに騒がない。海外ではこんな行動にはうるさく大騒ぎだ。あわててドアを閉めた。
 “痴漢現われる!”店内の客は一斉にこちらを睨み付けている。日本では間違えたのかと笑ってくれるくらいなのに。厳しい。
 隣になんて書いてあったか記憶にないが紳士(Gentlemanジェントルマン)の(G)だっただろう。(M)は男性(Manマン)の(M)と思ったが、婦人(Madamマダム)の(M)だった。
 海外では男性用、女性用の入り口に絵が画いてあればよいが、文字は一瞬とまどう。
 米国では(M)は男性(Manマン)用である。女性用は(ladyレデイ)の(L)あるいは(Womanウ-マン)の(W)が多い。ドイツでも男性はやはり(Mannマン)の(M)、女性用は(Frauフラウ)の(F)が一般的だ。ポ−ランドでは△と○とか。分かりやすいですね?
 
トイレといえばこんな失敗もある。用を足そうと右人差し指で男性自身をたぐり出そうとした。〈あれ?ズボン下の開口部がない。ごそごそやっているうちに、今朝あわててズボン下を後ろ前にはいてしまっていることに気がついた。パンツや、トランクスなら下からたぐれるが、タイツや、ズボン下の後ろ前はどうしようもない。後ろに並んでいる人の手前、用を終わったフリをして、再び大便所に駆け込んだ。一人クスクス苦笑いしたものだ。女性はこの心配は無用ですね。


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