七歳の恋  作:高杉伸二郎

 伸二郎の家に、姫路市師範学校に付属していた小学校の入学式案内が届いた。7歳(満6 歳)の4月である。我が家は父の前任地で5人目の兄弟が誕生した。この弟と、徳島で生まれたまだ小さい妹をかかえた母は、幼児の世話で手が離せなかった。
「お母さん、入学式は僕一人で行けるから大丈夫だ」
 学校は家からそれほど遠くはないので、母と一緒に行かなくても気にならなかった。
 先生が入学案内のような冊子を父兄に配っていた。
「高杉さん、高杉さんのお母さんはおられませんか」
「先生、僕は一人で来ました」
「あら、そうなの。では帰ったらこれをお母さんに見せてください」
 何やら印刷された紙を、束にして渡された。
「父兄には、これから入学についての準備や、お願いを説明します」
 伸二郎は少し心細くなり、母が来ないのをちょっぴり恨んだ。

「お母さん、ただ今! 先生がお母さんにこれをよく読んで貰いなさいだって」
「そこに置いて、後で見るから」
「ちゃんと見てよ。僕は何も分からなかった。先生はお母さん達に説明していたから、学校へ行って聞いてきてよ」
 少しダダをこねた、すぐ遊びに出かけそのことは忘れてしまった。

「まず、級長、副級長にリボンを渡すので、胸につけてください」
 どういう訳か伸二郎は、級長にさせられた。一人で入学式に行けたからか。いまだにどうして選んだのか見当がつかない。次の日、体操が終わったあと、
「高杉君、今何時か見てきてちょうだい」担任の女教師が言った。
「はい」と大きな返事をしたものの、幼稚園にも行かないし、家でも時計の見方を教えられたこともないので心配だった。学校の本館の正面にある大時計を見るため駆けだした。まだ時計は普及していない時代で、各家庭に掛け時計1個があるだけ、まして腕時計など持つのは特殊な人だけだった。
 
時計は運良く短針が上を向いていて、分かりやすく、昼の12時であることは分かった。長針が10分前だったが、12時とか、10分前とかは日常会話で耳にしていたので、少し自信がなかったが、12時10分前らしいと読み取った。今でも不思議だが、〈間違いない〉と確信し、「12時10分前で−す」と先生に告げた。とその時、後ろから亀井さんという副級長が走ってきて、同じように「12時10分前です」といった。先生が僕では心許ないと思ったのか、『亀井さん、あなたも高杉さんと一緒に見てきて頂戴』と言ったようだ。
この時、初めて亀井さんが、面長の、髪の長い美人であることに気がついた。その後彼女がそばにいないと、やたらに寂しい思いに駆られた。恋心が芽生えたのだ。彼女はすでに幼稚園で勉強し、頭も良く、九九計算も知っていたし、黒板に鮮やかにニワトリの絵を色チョ−クで描いたものだ。 
半年くらい経った頃、「亀井さんは、お父さんのお仕事の都合で、満州(のちの中国、黒竜江省)にいくことになりました。亀井さんとは今日でお別れです」
 先生の言葉はショックだった。その後ずっと〈彼女は今頃どうしているかな〉と忘れることはなかった。


コメント

1点 ななか 2010/12/20 14:08
長ーーーーーーイ話だな…ははっこれじゃあ漢字苦手な人が読めねーや。そう思いました

伸二郎 2010/12/20 15:24
漢字が多くて読みにくいとか、ごめんなさい。パソコンは自分がしらなくてもへんかんしてくれるので、つい多くなったかもね。
わたしは、おじいさんです。いまごろになっておおむかしのはなしをかいています。

伸二郎 2011/01/13 08:15
「男女七歳にして席を同じゅうせず」って今の若い人はしっていますか?
私の世代は男女共学は考えられなかった。高校時代は女子と一緒に歩くと軟派だといわれ硬派の殴られた者です。

2点 ハゲタカ 2011/02/05 23:37
少し長いけど結構いい話ですね

1点 sisanan 2011/03/19 22:05
なんか普通すぐる気が汁
僕のアプローチとかあればよかったのに。


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