もう泣くことはないのか  作:高杉伸二郎



「あお−げば、とうとし、わが−しのおん――、おし−えのにわにも、はや−いく−とせ―――」

昔、卒業式では必ず唄った。「仰げば尊し」の唄である。
「今こそ分かれ目いざさらば」と唄うとあちらこちらからすすり泣きが聞こえる。数年間一緒に泣き笑い遊んだ友達、そして教師と今こそ別れる時―― ここが泣き所だった。

今はこの唄もあまり唄われず、先生と別れる悲しさはないらしい。
(センコ−とはもう会いたくない、お別れにぶん殴ってやるか)友達とも会おうと思えば簡単にメールで話し、打ち合わせて会うことも簡単になった。(もうすぐ大人だ。酒が飲めるぞ)昔を過ごした私たちには考えられぬ感情がわくらしい。

先生と生徒、生徒間、部活のあり方すべて学校生活が変わったからだろうか。甲子園で野球の勝敗が決まった後では、勝っても負けてもおいおいと泣いた。声までだした。昨今では練習の成果を力一杯出したからと、にこにこ笑っている。考えられない―――。

私は歳をとってからも、試合に負けたら悔し涙がでた。 知らぬ人に親切にされただけで、うれし涙が出ちゃうこともある。 人一倍、涙もろいが、若い人で涙もろい人に会いたいものだと思う時もある。


コメント

blackjack 2011/12/09 20:49
今こそ分かれ目,というのは,分かれ目ではなく,こそに対する意志の「む」の已然形の「め」です.お間違えないように


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