月色の羊。  作:ヒツジなのだ。


 よろり、と、地平線に近接してゆく恒星が橙色に震えているのね。
 震える中火に草原がくたくたと茶色というか金色に煮込まれておるのね。
 そ、ね。それはあまり美味そうではない。
 ま、ね。それはあくまでも見た目の話であって、実際はとても美味しいのね。夜の月色に程良く冷やされた草原ほどパラダイス感は無いのだけれど。

 地平線に近接する恒星が、僕のパラダイスを惑わすのだ。

 む。


 僕はヒツジであるのです。

 シリアルナンバー555。
 眠れぬ人の起きてる脳が、たまーに数えるヒツジです。


 夜夢に越え行く、柵も無く。
 夢夜を越え行く、策も無く。

 僕はヒツジであるのです。


 こゆのって、憂鬱と呼ぶのかもしれませんけど、ポジティィィブが空回りして体が弛緩しているのね。グデグデ。

 ま、ね。そゆ「空回り」でもね、ポジティィィブを回そとする僕ってナイス。

 たぶん。


 夜のしばらく五分前、意志と睡魔がクトクト騒ぐ、眠る間に間の二分前。白ヤギさんも黒ヤギさんも読まずに食べちゃった手紙が僕宛てに届く。
 食べられた手紙は黒と白のヤギの胃袋を通過しながらメビウス転換というかクラインのツボ的回転で、再生される。
 再生された手紙を見たけれど宛先不明で困ってしまったイヌのお巡りさんとタヌキの郵便配達屋さんが、茶色というか金色の草原を歩いてやって来て僕にそれを渡す。

『わんわんわわん』
 これはお巡りさん。
『カチカチカチカチ』
 これは郵便屋さん。

 中身には僕のことが書いてあるとのこと。


 ふうん。


 『焦燥。やりばの無い憎悪が呼ぶ無言の絶叫に、躯が小刻みに震えるんだ。祈りすら拒絶する不安は嘔吐しても嘔吐しても躯から抜け落ちないんだ。僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は、どうすればいいんだーい。

 PS555番目の羊を夢の中で暗殺する。』



 おいおい。


 ま、ね。ジンギスカン鍋にはなりたくないしね。

 て。のほほのんのん、て、構えていてもね。555番目のヒツジに届けられるのは、不眠症チックに鬱が入りのの、意味がわからない憎悪の呟きばかりなのだね。

 それでも。

 それでも、ね。

 て。
 繰り返し呟いて、僕はゆっくり目を瞑る。

 瞼の裏、夢の裏側に錯綜した幻覚に身を委ねて、ぼやけていた恒星の輪郭を尖らせる。


 ね。
 僕は月色の、ヒツジ。


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