「告白」-First Date Side- 作:白玉
駅で待ち合わせして、かれこれ五分以上も経つというのに俺は「やあ。」と「今日お天気で良かったね。」の二言しか話していない。一体どうしちゃたんだよ。俺の頭の中では一生懸命彼女に話しかける台詞がうじゃうじゃ湧いているというのに、口は一向にその台詞を言葉にすることができないなんて。昨夜あれほどこのデートのシュミレーションを何度も何度も繰り返したのにな。
彼女も気まずそうに俯き加減で駅の改札口を見ている。白いTシャツにモスグリーンっぽいキャミソールを重ね着し、膝よりもちょっと短めのデニムのスカートからすんなりと伸びた足にドギマギしたせいだろうか。それとも長い髪をくるくると巻いてまるっきり大人びて見えたからだろうか。と、理由をつけてみても始まらないか。彼女とのファーストデートなんだからバッチリ決めようぜ。
「照れるね。」
「照れちゃうね。」
殆ど同時に同じ言葉を発した俺達に小さな笑いが起こった。だけどその笑いがどれだけありがたかったか。今までの緊張もほんのちょっぴり解けて俺はやっと彼女の顔を正視することができた。
「今日は来てくれてありがとう。昨夜本当に来てくれるか心配しちゃって眠れなかったよ。」
すると彼女はにっこりと笑い、
「私もちょっと眠れなかったの。だってほら、メールとかは何回もしていたけど、直接こうやって、ね、会うの初めてでしょ。」
と言った。そうだよな。彼女も緊張しているんだ。だって何回もメールしてるのにまだ俺の事「沼田君」って書いてくる彼女だから。でも何となく最初の社交辞令じみた文面から段々と学校での出来事とか家で飼っているパグのブルブルのこととかを書いてくれるようにまでなった。それにつれて回数も文字数も増えてきたので俺は思いきって遊園地でのデートに誘ったのだった。あの時はさすがに返事のメールがくるまで長かったなぁ。携帯電話のどんな小さなモーションでも見逃すもんかとじっと瞬きするのも忘れて見つめていた。
俺は鼻の頭をちょっと叩くように二三度撫でてから、
「もうそろそろ行こうか。」
と言い、駅へと歩き出す。
「そうだね。」
彼女が小走りに俺の後をついてくるを感じて振り返った。
「ごめん。ちょっと歩くの早かったね。いっつも武井とかの男らと、あっ、武井っていうのはバスケ部の奴なんだけど。そんな奴らばっかりとつるんで歩いてるからついつい早足で歩くのが癖になって。」
彼女は突然振り向いた俺に驚いたようだったがはにかんだようにと笑った。
「大丈夫。私って友達と歩いていてもいつのまにか遅れちゃっているほうだから。ごめんなさい。」
「違うよ。俺が早足過ぎたんだから由香里ちゃんは別に謝らなくていいってば。」
そう言って俺は後ろに下がり彼女の真横に並んだ。そして彼女が次の一歩を踏み出すのを確認してから歩き出すのだしたのだが、俺の歩幅が大股なのか同じ歩数なのに少しずつ前方へとせり出して行く。そこで彼女に合わせようとするとまるでフォークダンスのステップを踏むような感じになってしまい可笑しな具合だ。俺自身もその可笑しさをわかっているだけにこの不恰好さを取り繕うと、顔に笑顔を浮かべようとすればするほどぎこちない薄ら笑いが張り付いてしまう。駅まで25メートルだ。それまでなんとかしろよと自分に悪態をついてはみたものの、結局彼女の足元ばかりを見ているだけだった。情けねぇ。
「沼田君、沼田君。そんなに気にしなくていいよ。」
と彼女は言ってくれたのだが、デートの初っ端からこんな調子で、目的地までの切符を買う時も俺が買うとか割り勘だとかなったし、自動改札でもお先にどうぞみたいな事があって、正直内心では凹んだ。俺としてはもうちょっとスマートなエスコートが出来ると思っていたし、昨夜のシュミレーションではありえないハプニングの連続だった。ささいな失敗だとは思うがこんな風に続くと、本番の遊園地デートが思いやられて背中を冷や汗がつぅーと流れくる。
でも凹んでばかりもいられない。だって今日は彼女を楽しませなきゃいけないんだ。
電車に乗り込んだが生憎座席は一杯だったのでドアの所に並んで立つ。出発する時にガタンと揺れた時に彼女の体が一瞬だけど俺に近づく。すると彼女からいい匂いがする。でもどっかで嗅いだような。ああ、いつも姉貴がシュシュッとしてる青い壜と同じ匂いだ。洗い立ての洗濯もののがするやつ。清潔感があって好きな匂いだけど、彼女が香水をつけてくるなんてちょっと意外だった。でもそれだけお洒落に気を使ってくれたってことだと思うと嬉しいもんだ。顔がにやける。
「匂う。ちょっときつ過ぎたかな。」
「えっ。」
「だってクンクンしているようだから。」
「お、違うよ。これ青い壜の香水だろう。姉貴も同じやつ使ってて。それで俺、この匂いって太陽をたくさん浴びた洗濯ものの匂いだから。好きなんだ。」
「……好きなんだ。沼田君も。私あんまり香水とか苦手なんだけど、この匂いだけは好きなの。」
と言って、俺たちは少しの間お互いを見つめていた。そして急に恥ずかしさがこみ上げてくる。また待ち合わせした時の気詰まりさに逆戻りだ。それでも嫌じゃなかった。この気詰まり感は確実に彼女に近づけたと思えるから。
日曜日の遊園地はまだ夏休み前だというのにカップルや家族連れで混み合っていた。俺としてはゆっくりと楽しめるタイプの遊園地をチョイスしたつもりが、そのために幼稚園ぐらいの子供がまるで遠足にでも来ているかのようにそこかしこにいるというぐあいになった。ちょっとばかし危険な予感がする。そう思った矢先にソフトクリームを持って走り回っている男の子が俺たちの方へ突っ込んでくる。
「おいおい、危ないぞ。」
と思わず声をかけた途端、その男の子が前のめりに転びそうになった。俺はとっさにその男の子を抱きかかえる。何とか男の子はコンクリートの道路との正面衝突は免れたが、その代わりに俺の黒のTシャツはべっちゃりと白いソフトクリームの模様が出来た。
「大丈夫か。」
「う、う、うっえーん。ママー!!ママー!!」
凄まじいボリュームで泣き出した男の子に俺は唖然とした。だって怪我したわけでもないのにこんな風に泣かれちゃうとどうしたらいいかわからず立ちつくすしかないってもんだろう。すると彼女はすっと俺にハンカチを差し出し、膝を折って男の子の頭を撫でた。
「泣かないで。どっか痛くしたの。」
優しい声で顔はにっこりと笑っていた。そしてその右手は男の子の目から溢れ出る涙をぬぐっている。男の子は落ち着いてきたのかいくらかボリュームは下がったが、でもママ、ママと泣きじゃくりながら呼んでいる。
「ママと一緒に来たのね。じゃあお姉ちゃんと探そう。お姉ちゃんの名前は橘由香里。坊やのお名前はなんて言うの。」
「りょうすけ。なかむらりょうすけ。4才。すみれ幼稚園たんぽぽ組さんです。」
「りょうすけくんね。わかった。じゃあちょっと待てって。」
と言うとすくっと立ち上がり、両手を口の脇に当てていきなり大きな声で叫んだ。
「なかむらりょうすけ君のお母さんいませんかー!なかむらりょうすけ君のお母さんいませんかー!」
彼女は俺の方を見ると照れくさそうに笑ったが、彼女はまたすぐ大声でりょうすけ君の母親を探していた。りょうすけ君はしっかりと彼女のデニムのスカートを掴んで心細そうに半べそ顔だ。
「なかむらりょうすけ君のお母さーん!なかむらりょうすけ君はここにいますよー。なかむらりょうすけ君のお母さーん、いませんかぁ。」
俺も彼女と一緒になって大声を張り上げつつりょうすけ君のママを探す。3分間ぐらい叫んだが誰もが俺たちを遠巻きに見るだけで一向にりょうすけ君の母親は現れなかった。そこで迷子センターに行こうと歩き出した時、
「亮輔!」
と呼ぶ声がした。赤と青の風船を持った小さな女の子を連れた女性はりょうすけ君に駆け寄るといきなり頭をゴツンと一発。
「ママ!」
はたまた凄まじいボリュームで泣き出すりょうすけ君だったが、その顔は母親にやっと会えて安心しきった顔だった。
母親はしきりにありがとうございましたと繰り返すしているのだが、りょうすけ君はさっきまでの大泣きが嘘のような態度で小さな女の子、多分妹なんだろうが、その女の子が持っている青い風船を取り上げようとちょっかいを出している。今度は女の子が泣きそうだ。するとその様子を察した母親はちらりとりょうすけ君を睨み亮輔と名前を呼んだ。たちまちりょうすけ君は縮こまり、そのやり取りを笑っていた俺にあっかんべーをくれた。そしてりょうすけは母親に手を引かれながらも振り返って俺にお尻ペンペンときたもんだ。まったく今どきのがきんちょは……まあ可愛いからいっか。
 そんなこんなで何の乗り物にも乗っていないうちから疲れたような感じもしたが、折角だから楽しまなきゃな。
「ありがとう。」
「んっ。」
「一緒に探してくれて。大声でりょうすけ君のお母さん探すの、恥ずかしかったでしょ。」
「ああ、でもそのお蔭で見つかったじゃないか。ちょっとの恥ずかしさなんてその事に比べれば大した事ないさ。」
「うん。沼田君ありがとうね。一緒に探してくれて嬉しかった。ありがとう。」
「いや、なんかそんな風に言ってもらえると照れる。だけど最初に声を出した由香里ちゃんの方が凄いよ。勇気要ったろう。」
彼女はデニムのスカートの端を触り、
「でもあんなにしっかりと掴まれると何とかして見つけてあげなきゃって思うでしょう。ただそれだけ。……それに私に弟いるからあんな風に泣きつかれるの慣れてるっていうか、弟が幼稚園とかの時よくあったのよ。『お姉ちゃーん』ってね。」
と柔らかな微笑みを浮かべている。俺の心に二本目のキューピッドの矢が刺さった。でもその痛みは切ないくらいに甘やかだ。
そうして俺たちは絶叫コースターならぬ歓声コースターに乗ったり、コーヒーカップでグルグル回ったりと色んな乗り物に乗った。でもあんな子供だましのようなコースターに乗ったにも関わらずしっかりと両目を瞑り、手が白くなるほど前のセーフティーレバーを握り締めている彼女がとても微笑ましかった。だけどコーヒーカップに乗った途端容赦なくハンドルを回しまくる彼女には参った。嬉々としてグルグル回すから俺の三半規管は壊れる寸前だったが、何とかトイレに駆け込むのだけは避けられた。しかしベンチで休むしかなくなり情けなかったけれど、彼女はいそいそと俺を看病してくれたから良しとしよう。彼女が濡らしたハンカチを俺の額に置いてくれた時、一番彼女を近くに感じられたもんな。
楽しい時間っていうのはあっという間に過ぎていくもので、彼女の門限まであと一時間とまで迫っている。
「もうそろそろ帰ろうか。」
と俺は腕時計をじっと見つめていた。
「そうだね。もうそろそろ帰らないと、ダメだね。」
俺たちはあの乗り物が楽しかっただの食べたスナックフードがどうだったのと話しながら電車に乗り、朝に待ち合わせた駅へと到着した。駅の改札口を出る。すると昼と夜の狭間で太陽がオレンジ色の輝きを放っていた。もうすぐ日が暮れて町は夜の顔を覗かせ始める時間帯だ。その狭間はまるで俺たちのようだ。子供と大人の狭間で輝こうとしている俺たち。中途半端だけど半端なりに楽しくて苦しくて、ぐちゃぐちゃと色んな感情が入り混じり混乱している不思議な時間。
「家まで送っていくよ。」
「大丈夫。さっきお母さんから迎えに来てくるからここで待ってて、メールきたから。」
「そうなの。」
「うん、ごめんね。お母さん心配性で。……困っちゃうよね。もう高二なのにさ。だから先に帰っていいよ。」
そう言った彼女は何となく寂しそうに見えた。
「いいや、お母さんが来るまでここで待ってる。最後までエスコートするのが男の役目でしょ。デートなんだからさ。」
彼女は頷き、そして笑顔になった。するとクラクションの音がして、彼女の名前を呼ぶ女性の声がする。
「あっ、お母さんだわ。なんでこんなに早く来ちゃったのかしら。時間遅く言ったのに。」
もう一度彼女の名前が呼ばれる。
「ごめん。もう行かなきゃ。今日は楽しかったわ。ありがとう。」
と言って俺に背中を向けようとした。俺は唐突に彼女の左手を掴んだ。
「また今度、デートできるよね。」
思わず力が入った俺の右手に驚いた様子だったが、彼女は満面の笑みでこう言った。
「宜しくお願いします。」
俺はその返事に嬉しさの余りよろけそうになったが、車に駆け寄っていく彼女に大きく手を振った。彼女が去って行く車の窓から俺を見つめて、俺もずっと彼女を見つめていた。彼女と過ごした遊園地デートは俺が本当に彼女を好きなんだと思える時間だった。でも俺だけが段々と彼女を好きになりすぎて怖いような予感が胸の奥でちくりと痛い。だが、恋は止められない。たとえ自分の恋心だとしても。
長い話でしたが、読んでくだっさってありがとうございます
よろしければ感想を書いてください♪
コメント
3点 愿 2009/12/23 13:14
すっごく面白かったです。
言葉の使い方、上手ですね♪
情景が浮かんで来ました。
次回作も期待して待っています!
3点 あずき 2009/12/28 18:52
すごい面白かったです☆
恋バナっていいですね♪