0と1と少女 No.2 「変」 作:音 音音
それからだ。HRが終わったちょっとした時間、興味本心で寝たふりをした男の椅子の背もたれを見た。名前が書かれたシールを見る限り、男は長谷川 辰巳という名前だそうだ。
「辰巳」って、「たつみ」と読むのかな。
あの子に訊いてみようかな。
思い出したように、見えない少女に訊いてみる。
……少女は無言だった。
今日は特に話していない。一日に三回ぐらいは話すものなのに、どうしてだろう。
きまぐれ少女。
そういえば、HR終了間際に担任が寝たふりをした理由について尋ねていた。寝たふりをしていた理由は単に「面白そうだった」という理由だそうで……もちろん担任はこの理由に2度目の呆れ顔をさらした。
別に理由はどうと構わないのだが、「面白そうだった」という回答から、この学校にはああいう変な人がたくさんいそうだなと感じた。
ぜひとも、いや、二度とああいう人とは関わりたくないものだ。
とはいえ、この学校にいる以上、関わらずにはいられないのだろう。僕の願いはコンマ何秒かで潰えた。
そして、休み時間は過ぎ、今一時限目、数学Tの授業だ。
少人数の授業を学校は取っていて、長谷川と僕は境界線を張るようにしてちょうど別れた。
長谷川はHR教室に残り、僕は一つ横の館にある教室に移動されることになっていた。
2階にあるこの教室はHR教室とあまり変わらなかった。違うのはそこから見える風景ぐらいだ。
しかしその風景は、大きな樹木とHR教室ばかりある3号館しか見えなかった。僕としては非常に残念だ。教室で景色を見るのが僕の唯一の楽しみだというのに。
だが、その楽しみを今楽しむと、TPOに背く形となるのだろう。
黒板には中学3年生の復習みたいな感じのことが書いてあり、予習しなくてもまだついていけるレベルの授業だ。
当然、僕もついてきている。しかし、数学の話を聞くよりも長谷川のあの行為が気になって仕方がなかった。
僕は本当に寝たふりをしていたかどうかが疑問なのだ。
面白そうだったなんて理由であんなことをする人間がいるのかどうか。もちろん変な人とはいったが、しかし、いくら変な人であろうと所詮は人だ。麻薬でもやっていない限りああいう答えは出ないだろう。
……じゃあ麻薬患者か? いや、いくらなんでもそれはないだろう。
黒板に書かれた内容をいつの間にか適当に写していて、頭の中は長谷川でいっぱいだった。
……とは言っても、五分後。ただの考えすぎか、という一言で結論にした。要するにこれ以上考えても仕方がないと思ったわけだ。
数学Tが終わり、教室からHR教室に戻る。
廊下は人通りがよく、背の高さから考えて新入生が歩いていることはまずなかった。
まぁ当然だろう。恥ずかしいというのもあるだろうし。少なくともここ1年くらいは教室が活動場所になるのだろう。
しかし、流石は2号館、館の一番中央部なだけに人通りが多い。先生ですらもう5人以上は見かけた。
これは道路でいう国道というやつなのだろう。
……上手い例えを言った気がしなかった。
HR教室に帰って来た時、生徒が半分しかいないというのに教室内はにぎやかだった。
自分の席に座り、一休みし、ちらりと左の席を見る。
長谷川という生徒はそこにはいなかった。
机の上には何もなく、椅子はきちんと机に納まっていた。まるで帰ったみたいな雰囲気だ。
どうせすぐ帰ってくるだろう。
…………。
なぜ僕は長谷川のことを意識するようになったんだ?
大した用もないのに。
やはりあの行動なのか?
あの行動――長谷川が犯した、居眠りしたふりという奇妙な行動。
なぜ僕はあんなことに時間を注がねばならないんだ! それより次の授業!
長谷川のことを振り払うように忘れ、次は現代国語なので気軽に机の中から国語関係の本を探すことに――。
「ん?」
机の中に、触ったことのない奇妙なものを感じた。冷たくて少し硬い感触、こんな物机の中にあったっけ?
筆箱は机の上にある。それ以外で冷たくて硬いもの……。
僕の頭の中で検索しても、該当するものが一つも見当たらなかった。
とりあえず、謎の物をこれ以上見ないで触るのは少し気持ちが悪い、僕は意を決して机の中から謎の物体を取り出すことにする。
それほど重くないものが机の中から出てくる。
……机の中から出てきたのは、鉄製のような硬さと冷たさを兼ね備えた銀色の長方形の箱だ。生徒が持っている筆箱より一回り大きそう。
長方形の箱をおそるおそる机の上に置く。カチャリという金属の音を出し、箱が光を浴びて僕の前に現れた時、より一層不思議さを増したと感じた。
箱のまわりを見てみると、なぜか開くところがなく、箱の上には折りたたまれた紙がセロハンテープで雑に貼られていた。よっぽど焦っていたのだろうか。
セロハンテープを丁寧にはがし、折りたたまれた紙を開く。
紙には小学生並みのなぐり書きで書かれていた。かといって読めない字でもない。字体から見て男だろう。
僕はそれを黙読した。
『わるいな。長谷川なんだけど、その箱をパソコン部の部長に渡してもらえないかな。といってもお前に選択肢はないからな。んじゃそういうことで』
…………。
居眠りをしていたのを叩き起こしたクラスメイトに、運び屋願か。しかも友達ですらないくせに。
「まぁ、でも、どうせ暇だし」
そんな独り言を言って、机の中に謎の箱を戻した。
放課後、担任は別れの言葉を言い、さっさと教室を去った。
長谷川は2時限目の始まりの時にクラスメイトが早退と教師に報告した。どうりで選択肢がないわけだ。
僕は相手がいないと断れない性格だ。あの箱を相手がいないのに相手の机の中に入れるのは僕には無理な行為だった。
こういう人を「甘い人」というのだろうか。
と、いうことでパソコン部を探すことにする。僕にとっては校内探検のようだ。
そう言いたかったのだが、後ろにある壁を見ると、何枚も紙が押しピンで貼られていた。
その中の一枚に、校内地図というものがあった。
結果的に、校内地図を見て僕は目的地に向かった。
パソコン室と書かれたその部屋は、自分のいる館の側2階にあり、誰も見つけられないような暗い雰囲気をかもしだしていた。
部屋の中をドアから覗く。……誰もいないような感じだ。パソコンが何十台も並ぶ、ほとんどが暗さで鼠色にしか見えない部屋。
しかし。
僕は見た。いや、僕には見えた、と言うべきか。
奥の壁に不自然に黒い長方形が貼ってある。大きさはA4サイズの紙程だろうか。しかし、貼ってあるというよりそこだけ空洞化しているように見える。
その黒い空洞は、この世の中で見た黒の中で最も黒く、そして、この世の中には存在しないような違和感を漂わせていた。
実は前にもその光景は見た。床にできたり壁にできたりと現実には考えられない不自然なもの。
僕も信じがたい、だが見える。それは事実だ。事実以外の何物でもなく、それは現実に存在するはずなんだ。
なのになぜか、僕以外には見えなかった。
ついこの前、それが僕の前に現れた時、傍の友達にそれがあるのを教えた、だが、友達曰く「何も見えない」と言って不審に思われた。
見えないはずないのに。
「あの〜」
後ろから男の声がした。知らない人に対してずいぶんと腰が低い話しかけ方だと思った。
振り向くと少し背の高い、制服を着た痩せた人が僕の目の前にいた。髪は黒色、眼鏡をかけて鍵を持っている。もしかしたら……。
「あ、どうぞ」
僕は無造作に通り道を作る。
その男は僕の前を通って手慣れたようにドアノブの中心に鍵を差し込む。ガチャリという音を出してドアは開いた。
改めて見た時には奥の不思議な空洞はなくなっていた。
「で、パソコン部見学の方かい?」
背の高い男は靴を脱ぎ、裸足ですぐ近くのスイッチを押し電灯を全て点灯させた後、すぐ近くのパソコンの前に座って手慣れたように電源をつけた。
僕も続くようにドアの前で靴を脱ぎ、パソコン室に入って行く。パソコン室は特有である機械のにおいが充満していた。
「いえ、ある人に持って行ってほしいというものがありまして」
そう言って鞄から銀色の箱を取り出す。
「これなんですけど」
男はそれを見た瞬間、あ〜、と口を少し開き納得した。どうやら内容を思い出したようだ。
部長は手を出し、もらうのかと思って箱を渡そうとすると、部長はピタリと手を止め、
「それは君のものだ。大事に持っておいてくれ」
と、もらうのを拒否して手を戻した。
「……へ?」
「いや、だから、それは君のものだよ」
「で、でもこれはパソコン部の部長に渡してくれと」
「うん。確かに、……でももう受け取ったからいいんだよ。そのことはもう終わった。もう終わったから、次は君に渡さないとならないんだ」
部長は苦しい顔をしながらこちらに理解を求めようと、おもむろに目線を右上に向けて考える。
しかし、さっきからこの人が何を言っているのかさっぱりだ。だいたい、どこから開けていいか分からない箱を持って荷物にするのは正直めんどうだ。
「うん、その箱の中には重要な物が入ってるんだ。でもその中の物はほとんどの人には必要のない物」
だけど、と部長は作ったような笑顔見せ、僕の目を覗き込むように見る。
「君には必要なはずだよ」
そのやり方は、内心を見せない、いわゆる見せたくないということ。
つまり、この箱はいわくつきのものだということ。
「あなたと関わり合った覚えはありませんが」
よく考えればおかしい話なのだ。部長に渡してくれと今日叩いた人に言われ、そしてその部長に渡したら今度は君に渡す。こんな展開があり得るか。しかもどちらも知らない人、関わったことのない人だ。明らかに怪しい。
部長は顎に手を当て少し考えるふりをした。この箱をいやでも押しつける気だ。
「さて、どうすれば必要だと分かってくれるかな」
とりあえず、この人から何かを聞き出したい。僕には知られることのないことをこの人は多く持っているようだ。
しかも、僕に干渉している情報らしい。ならば。
「この中には何が入ってるんですか?」
答えはだいたい分かっていそうなんだけど、一応試しに聞いてみることにする。
「ん? あ〜それは言えない」
すぐに予想通りの回答が来た。まぁそうだろうな。
「でも、その中の物は世界を揺るがしかねない物が入ってるよ」
……思わぬ成果が出た。やっぱり聞いてみるものだ。だけど、そんな物があるのか? でもこの人だ。何もかも知ってるような感じで話してくるこの雰囲気。嘘ではなさそうとも言いたいが遊んでいるとも見える。
とりあえずこれが部長の言っている『世界を揺るがしかねない物』だとして、質問をする。
「なんでそんなものを僕が持ってなくちゃならないんですか?」
部長はこちらに目線を合わす。
部長が持つその楽しそうな感じは少し腹が立つ。まるで僕の質問がするすると抜けられていくようだ。
部長は少し笑いながら口を緩める。
「君は世界の真実を知らない。だけど、君は世界の真実を見ている」
いきなり謎かけみたいなことを話してきた。当然分かるはずない。
というか、世界という単語をここまで使うか、もう半信半疑どころでは無くなりそうだ。
もちろん全て疑だ。
「あの、何を言っているんですか?」
「それは世界の終点と言えるものが入っている。だけど、多くの人には必要ないもの。それは僕たちのような魔法だとか超能力を信じている人にしか必要のない物なんだよ。
特に君のような人には必要されるものだよ」
正直何を言っているのかさっぱり分からない。そうとうな妄想に取りつかれているのだろうかこの人は。
しかも、勝手に魔法とか超能力を信じている人にされた!
「あの、さっきからわけが分からなくて、もう何が何だか……」
部長は僕の困り果てた顔を見て少し笑い、「そのうち分かるよ」と笑顔で答えた。
あとがき
お久しぶりです。何か月ぶりでしょうか?
ときどき他の作品を見させてもらってます。なかなかいい作品ばかりですね。
今回の内容
だんだん個性が表れているようです。それはそれでいいんですけど。
ほら、前の作品『リトライ』が散々な内容だったので、これでいいのかな〜と。
まぁ、いいわけになりますけど、あれ、二日で書けと言われて書いたものですからね。支離滅裂になるわけです。
今回の作品も支離滅裂にならないようにしたいと思います。
分からない内容があれば、他の読者にでも聞いて下さい。(作者に聞くのはご遠慮ください)
ということで最後に。
あなたの貴重な時間をこの小説のために費やしてくれた読者の方々。深く感謝します。これからも末長くよろしくお願いします。
末長くって、ネット上で末長くはどうなのかな? ……とりあえず末長くよろしくお願いします。
コメント
3点 ヨワモノ 2009/10/13 23:36
まえにも、一度見たような・・・
出だしは、とても面白いですね。
あ、僕も、内職は作家で頑張っています。
出来ることなら、僕も答えさせていただきます。
音 音音 2009/10/13 23:55
一度、がばっと出した時がありまして、それで読んでしまったのではないでしょうか?
ちょっとずつ区切って出していますから、それは仕方ないことと割り切っていただけたらと思います。
しかし、……作家さんでしたか。
小説を書いてまだ1年しか経っていない者ですが、これからもよろしくお願いします。
3点 413 2009/10/14 00:08
おもしろいですね。
前みたような内容ですがやはりおもしろいです!